旅行コラム(アーカイブ)
門司港駅に停車中の日本最後の客車普通列車(2000年) マニアや鉄っちゃんと言うほどではありませんが、少年時代から時刻表や地図を見るのが好きでした。東京育ちの私は両親が長野県に帰省する際、中央本線を走るさまざまな列車を見るのが楽しみで、とくに東…
前夜の料理写真も何とか現像できました(1994年) (前編の続き)1994年10月の高知旅行の2日目。コンパクトカメラを海水溜まりに落としてしまい、カメラもフィルムもダメになってしまったとガッカリした私でしたが、せっかくの景勝地だったので一通り…
ムリヤリ場所を探してセルフタイマーで撮影(1994年) 平成のひとり旅で大きく様変わりしていったのが、旅先の風景や料理などを記録するカメラです。一眼レフとコンパクトカメラを両方持参し、フィルムを現地で追加調達しながら撮影にいそしんだのは過去の話…
ロビーには出演者のパネルも展示(2019年5月) 令和元年を迎え、超大型連休の後半に休暇を取り、京都伏見と大阪へひとり旅に出かけました。大阪といえば、ディープで楽しい酒場がたくさんある飲み歩きのワンダーランドなんですが、ここ3年はもう一つお楽し…
水戸市にある回天神社(2007年) 幕末に起きた水戸の志士らによる天狗党挙兵は、最終的には粛清されてしまうという悲劇として今も伝わっています。天狗党に対し、幕府から阻止を命じられた諏訪の高島藩・松本藩が迎え撃ったのが和田峠の合戦で、地元住民が戦…
りりしい姿の中野竹子の像(2013年) 幕末から明治維新にかけての時代は、人々が命をかけて新時代を築こうとしていたためか、個性的かつ魅力的な人物をたくさん輩出しています。中には、その時の政治状況で朝敵や罪人になってしまった人たちもいますが、出身…
広大な大地を象徴する釧路湿原(1997年) ひとり旅を始めたころから、国内の旅行先としてあこがれの地だったのが北海道。とくに道東は知床半島をはじめ、釧路湿原、納沙布岬、道東3湖(阿寒湖、摩周湖、屈斜路湖)など、本州では見ることができない大自然の…
見た目も豪快な丸天うどん(2009年) 旅先でのお楽しみで、一番大きなウエイトを占めるのがグルメです。新鮮な海の幸が食べられるところがあれば、珍しい郷土料理にお目にかかって驚いたり、また地元で好まれているご当地グルメをお目当てにすることもありま…
渡し船は尾道のごく日常の光景(2003年) 私のひとり旅では多くの場合、観光地や史跡巡りが中心に据えられることが多いのですが、まち(街)そのものの雰囲気だけを楽しむという旅というのもなかなか楽しいものです。そんなまちの一つが広島県尾道市。瀬戸内…
大粒の雨の中で日帰り温泉を訪れる(2002年) ひとり旅ではビジネスホテルを取ることがほとんどなので、ホテルの狭い浴室を避けたいがため、旅程に日帰り温泉立ち寄りを組むことがあります。立ち寄り時間が昼食時にさしかかれば、当然のように風呂上がりの一…
ようやく見つけた薬局に救われた(2002年) 旅には大小さまざまなアクシデントがつきもので、それもまた旅の醍醐味の一つです。ただ、後で笑って振り返られるものばかりではありません。旅行記の参考にするメモ帳を紛失して落ち込んだり、カメラがトラブルを…
田村神社の日曜市うどん(2015年) 香川県は、愛称を「うどん県」と命名するほど県民の中に、うどんを食べる文化が根付いています。讃岐うどんと総称されてはいますが、お店によって様々な違いがあり、そのお店の形態もまた千差万別。お昼だけでなく、朝食も…
船浮集落で見かけた手作り看板(2008年) 2008年6月に知床半島の羅臼町相泊集落で「さいはて」感を満喫させてもらいましたが、その半年後に今度は沖縄県に向かうことになるとは思いもしませんでした(笑)。たまたま、全都道府県踏破2巡目が目前だった…
相泊集落の道路が終わった場所(2008年) ひとり旅を始めた1990年代は、全国で行ったことのない都道府県を訪れてみたいとして、プランを立てることが多かったのですが、2000年に沖縄県への旅で全都道府県踏破を達成してからは、都道府県単位ではなく…
レンタカーでやって来た尻屋崎(1999年) ひとり旅では公共交通機関を利用することを大原則としており、自家用車で旅行に出ることはほぼ皆無といってもいいでしょう。これは旅先でも曲げず、鉄道網がなければバスを使い、それでもだめならタクシーで移動しま…
驫木駅に到着する五能線の普通列車(1993年) ひとり旅を始めてから、少年時代に愛読?していた時刻表を再び見始めるようになりました。地方のローカル線のダイヤを眺めては「いつか乗ってみたい」という路線が次々と現れてきました。その中でも、まさに「恋…
出雲大社近くで宿泊した旅館(1993年) 旅行では、日帰りでない限り宿泊がつきものです。宿泊先を確保することは私にとって非常に重要な事前準備となります。もちろん、現地に着いてから宿を探すのも旅の一興かもしれませんが、限られた旅程の中では冒険とい…
周遊券や指定券などを取りそろえて出発(1992年) 2度目のひとり旅、かつ初めての2泊3日1夜行という1992年秋の中国地方への旅行は、何度も旅程を練っては破棄するを繰り返し、結局はいくつかの旅程候補を抱えながら現地の状況を見て決めることにしま…
初めて乗ったはやぶさ号(1992年) 私がひとり旅を始めた1990年代は、全盛期こそ過ぎていたが寝台特急が全国の幹線で運行されていました。限られた日程で旅程を組んでいる身にとっては、仕事が終わってから自宅を出発し、東京、上野、大宮、名古屋、京都…
甲府市内でやっとたどり着いた旅館(1996年) 旅は行き当たりばったりのほうが面白いと言う人もいますが、慎重派の私は冒険のような旅の計画は基本的に敬遠します。往復のルートや宿泊先などをガッチリと固めた上で、その間の行程は自由に行動できるようにす…
特急かいおう号の電光掲示(2010年) 私は旅道楽というキャッチフレーズを持ってひとり旅に出かけていますが、つい数年前まではもう一つ、相撲道楽というのも持っていました。一時期は毎場所観戦に訪れるほどで、九州場所にもわざわざ飛行機を使って3年ほど…
名取市閖上地区のようす(2014年) 旅先というのは、どこへ行っても見知らぬ土地にワクワクし、あるいは感動し、気分が高揚するものです。ただ、体調不良になってしまったり、思わぬアクシデントに見舞われた時以外で、唯一つらい気持ちに襲われた旅がありま…