旅人マイケルオズのニッポンひとり旅語り

全都道府県を巡り歩いた旅人が、ひとり旅で訪れた旅先の素晴らしさ、楽しいエピソードなどを紹介し、併せて旅の情報やノウハウも語っています

なつかしの鉄道乗りある記「ちほく高原鉄道・往路編」第1話

noteとのコラボエッセイとして、毎月2回ペースで「なつかしの鉄道乗りある記」を連載します。このエッセイは、今は廃線となってしまった地方ローカル線や第三セクター路線の乗車体験記として綴っていきます。

★前回までご紹介したくりはら田園鉄道

なつかしの鉄道乗りある記「くりはら田園鉄道」第1話 - 旅人マイケルオズのニッポンひとり旅語り

「ちほく高原鉄道・往路編」第1話

北海道東部を縦断し、池田と北見を結ぶ第三セクターのローカル線「ちほく高原鉄道」が、2006年4月に廃線となることが決まったというニュースを聞き、その前に何としてでも乗ろうと思い、前年2005年の10月に「列車に乗るためだけの旅」を決行した。

旧国鉄時代の池北線が、JR北海道移行後に第三セクターとして存続されることになり、地域の足として運行されてきた。しかし、赤字路線であることには変わりなく、沿線自治体の負担も大きかったことから廃線が取りざたされるようになったという。そして、ついに長い鉄道の歴史にピリオドを打つ日が決まってしまったのである。

さて、私が立案した「列車に乗るためだけの旅」プランは、1日目は池田駅から北上して秘境駅の川上駅を探訪し、最終的に北見駅まで乗り通す「往路」、2日目は北見駅から秘境駅などにいくつか立ち寄りながら、池田駅まで戻る「復路」。

なつかしの鉄道乗りある記も往路編、復路編に分け、まずは往路編から紹介していこう。

 

ちほく高原鉄道には、「ふるさと銀河線」という愛称がある。沿線は空気が澄んだ星空の美しい地であることからその名が付いた。銀河といえば、漫画家・松本零士さんの代表作である銀河鉄道999が有名だ。そのイメージキャラクターを列車全面に描いているのがラッピング列車であり、ラッキーなことにこの列車に乗り込むことができた。

定刻の12:03に列車は静かに池田駅を出発した。まずはしばらく根室本線の側線として走っていくが、やがて根室本線が左へとカーブしていき離れていく。そのうち、池田の集落もなくなり、十勝平野の畑地帯を突き進んでいく。

撮影のため、私は運転席横の最前列に陣取ってカメラを構える。ほかにもマニアはいたが、席に座って静かに乗っているので、遠慮なしにいいポジションを取ることが出来た。

列車の先頭に乗るのも久しぶりだったが、こうして見てみると、ちほく高原鉄道はレールも錆だらけだし、枕木もボロボロである。除草もきちんとしていないためか、線路内に草も生え放題。来年廃止となれば、いまさら補修をしてもしょうがないということか、大規模なレールの付け替えなどとてもできなかったのだろうな、という印象は受けた。

 

最初の停車駅は「様舞(さままい)」である。ここは秘境駅のひとつとして紹介されているが、見通しのいい畑作地帯に駅があるせいか、それほどの秘境感はない。逆に広さがもの寂しさを作り出しているというような駅である。ここでは若者一人が下車をした。当然のことながら地元住民ではなく、マニアらしい。

様舞駅を出発した列車は、高島-大森-勇足-南本別と停車していくが、大森と南本別は様舞駅同様の周辺環境にある。ごく一般的な旅人は「いったいこんなところにどうして駅があるのか?」と首を傾げるような、集落とはほど遠い場所である。

もちろん乗降客などいるはずもない。一方、高島や勇足は集落に囲まれた駅なので、それなりに駅の形は整っている。ただし、やはり乗降客は一人もなくひっそりと列車は次へと進んでいく。
(つづく)

 

★このエッセイは、ホームページ「旅道楽ノススメ」に掲載した鉄道乗車レポートをリメイクしたものです。

 

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なつかしの鉄道乗りある記「くりはら田園鉄道」第4話

noteとのコラボエッセイとして、毎月2回ペースで「なつかしの鉄道乗りある記」を連載します。このエッセイは、今は廃線となってしまった地方ローカル線や第三セクター路線の乗車体験記として綴っていきます。

なつかしの鉄道乗りある記「くりはら田園鉄道」第3話 - 旅人マイケルオズのニッポンひとり旅語り

「くりはら田園鉄道」第4話

列車は田園風景のなかをゆっくりと進み、一駅ずつたんねんに停車していく。平凡な風景のまま、再び沢辺駅へと戻ってきた。今度は下り列車との交換行われるため、さきほどの初老の駅員が忙しそうにタブレットの受け渡しに飛び回っていた。

現在、くりでんは沢辺駅のみが交換駅となっているようである。電子制御化がされ、JRでは見られなくなったタブレットの交換風景は、なかなか貴重なものだが、これもあと半年で鉄道そのものとともに姿を消すことになる。

そして、私とともに沢辺から乗った鉄道マニアのお父さんとその家族が下車し、同じような家族連れや旅行者もかなり多く下車した。車内も少しすいてきたため、ようやくボックスシートに落ち着くことができたのである。

 

次のターミナル駅は、くりでん本社のある若柳駅だ。結局この列車で乗客の乗り降りがあったのは、栗駒、沢辺、若柳だけで、あとの無人駅はまったく乗降客がなかった。

地元の足としてはあまり利用されていないという現実を見せ付けられてしまい、やはり廃線やむなしなのかなという思いにかられてしまう。

沢辺-若柳の中間にある大岡駅の先で、東北新幹線と交差する。田園地帯にまっすぐ伸びるコンクリートの帯が、この小さな私鉄などまったく無視するかのように突っ走っているのが余計物悲しい。

さらに、物悲しさを助長してしまったのが、車庫となっている若柳駅構内のようすである。いろいろなタイプの列車が停まっており、それらを見渡しているとまるで鉄道博物館にいるような雰囲気にも思えてしまう。

現役で走っている列車はほんのわずか。今は使われることがない電車タイプの車両は、塗装もはげてボロボロになってきており、くりでんの現実を思い切り見せ付けられてしまう。この広い若柳駅の構内は、廃線後いったいどうなるのだろうか。

 

そうこうしているうちに、くりでんの旅もぼちぼち終わりに近づいてきた。終点であり、東北本線との連絡駅ともなっている石越駅に到着する。さよなら乗車のつもりが、なんだかバタバタとした感じでくりでんの乗車を終えてしまった。

これがウイークデーで、「OH!バンデス号」ではなく普通の定期列車だったら、また違った感じなのかもしれない。それでも、くりでんの雄姿はしっかりと目に焼き付けることはできた。
(くりはら田園鉄道おわり)

 

★このエッセイは、ホームページ「旅道楽ノススメ」に掲載した鉄道乗車レポートをリメイクしたものです。

 

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なつかしの鉄道乗りある記「くりはら田園鉄道」第3話

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なつかしの鉄道乗りある記「くりはら田園鉄道」第2話 - 旅人マイケルオズのニッポンひとり旅語り

「くりはら田園鉄道」第3話

一般乗客がほとんど乗っていない観光列車風の「OH!バンデス号」は、栗駒駅、鴬沢駅などと一駅ずつ淡々と過ぎていく。さとう宗幸氏の元気のいい観光案内付き車内放送のおかげで、沿線のようすなどもそれなりに楽しみながら乗車できた。

とはいっても、ほとんどはごく平凡な田園地帯を走っており、目を見張るような車窓はお目見えしない。時折線路脇に立つ「汽笛」という看板に「おやっ」と思うくらいである。

鴬沢工業高校前駅を過ぎると、少し山間に入ってきたかなという感じがする。小さな渓谷沿いを走り、短いトンネルも過ぎる。このままどんどん山に近づくのかなと思っていると、間もなく終点の細倉マインパーク前駅に到着する。

もともとは200メートルほど手前にある細倉駅が終点だったそうだが、マインパークがオープンしたことで駅が少し先に延びたとのことだ。

 

この終着駅、ホームのすぐ目の前にある集落の真ん中に突っ込むような形で車止めがあり、線路が途絶えていた。無理やり延伸させたとも思えなくないような一列のホームであった。

細倉マインパーク駅のホームには、20人ほどの親子連れが到着を待っていた。この列車はわずか6分間停車してすぐに折り返し運転をする。私も折り返し列車に乗るつもりだったので、この駅ではかろうじて駅舎の写真のみを押さえ、すぐに列車に乗り込んだ。

私と同じような乗客はほかにもたくさん見られ、「OH!バンデス号」は再びほぼ満席状態で出発することになった。ただし、私が見る限りで一般乗客と思われるのは、女子高校生ただ一人だけ。

 

さて、帰りはもう少し車窓に目を向けてみたい。まずは廃駅となった細倉駅であるが、駅構内はそれなりの体裁が整えられていたようで、終着駅かつターミナル駅のような存在だったようだ。

廃駅となって久しいのか、駅舎の木造の建物はボロボロで、ちょっと不気味な感じさえした。廃線後は沿線のほかの駅舎を持つ駅が同じような運命になってしまうのだろうかと心配する。

軽々には言えないが、例えば沢辺駅のような雰囲気のある駅舎は何とか遺産として残してほしいものである。
(つづく)

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★このエッセイは、ホームページ「旅道楽ノススメ」に掲載した鉄道乗車レポートをリメイクしたものです。

 

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なつかしの鉄道乗りある記「くりはら田園鉄道」第2話

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なつかしの鉄道乗りある記「くりはら田園鉄道」第1話 - 旅人マイケルオズのニッポンひとり旅語り

「くりはら田園鉄道」第2話

列車はえんじ色の一両編成のワンマンカーで、なぜか「OH!バンデス号」というネーミングが付いていた。旅行している時は、この列車がくりでん応援列車という存在であること以外、ネーミングの由来などさっぱり分からなかった。

ただ、通常のワンマンカーだと、女性の声で淡々と駅名を読み上げるだけのアナウンスなのだが、この列車は男性によるやたらと元気のいいアナウンスがされていた。

観光案内も兼ねてのアナウンスのようで、のちほど声の主が宮城県のシンガーソングライター・さとう宗幸氏であると知った。

ところで、「OH!バンデス号」というのは、廃線までの最後の1年間、くりでんを応援していこうという地元テレビ局のプロジェクトから生まれた列車で、ネーミングは「おばんです」を言い表す番組名に由来している。

列車の車体や車内には、子どもたちが描いたくりでんの絵が展示されており、地元の人たちに愛着を持たれていることがよく分かる。そういえば赤字対策として、時期限定で運賃の値下げ作戦を実施していたというニュースを思い出した。

車内は思いのほか混んでいたが、ほぼ全員が観光もしくはレジャー客かマニア。夏休みの日曜日とあって親子連れの姿もかなり目立った。

ただ、筋金入りの鉄道マニアという感じの人は見受けられなかったので、こういうファミリーの多い時は敬遠しているのかもしれない。私も針金?くらいのマニアではあるが(苦笑)。


それはさておき、沢辺から細倉マインパーク前までの30分間は、自分でも思いも寄らないくらいあわただしく過ごすことになる。

まずは車内や車外の写真撮影である。「OH!バンデス号」車内には、くりでん応援グッズがいろいろあり、仙台の七夕にちなんだミニ七夕や津川雅彦氏の持ち寄った列車の玩具といったものもあった。

また、車内のようすであるが、列車の床はフローリングがされており、シートもなかなか整っていた。あと半年で車両が使われなくなるのは惜しい気もする。あるいは、どこかの私鉄に転用されるのかもしれない。
(つづく)

 

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★このエッセイは、ホームページ「旅道楽ノススメ」に掲載した鉄道乗車レポートをリメイクしたものです。

 

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なつかしの鉄道乗りある記「くりはら田園鉄道」第1話

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★前回までご紹介した江差線

なつかしの鉄道乗りある記「江差線」第1話 - 旅人マイケルオズのニッポンひとり旅語り

「くりはら田園鉄道」第1話

宮城県北部を走っていた私鉄ローカル線のくりはら田園鉄道は、もともと貨物運送を主とした鉄道として開設されたという。

貨物運送をやめてからは宮城県や地元自治体などによる第三セクター路線に移行。乗降客も激減していったため、電化路線から非電化のディーゼルカー単行になってしまい、赤字ローカル線として存続が危ぶまれてきた。

そして、2007年3月をもって営業終了となったのである。私が乗車したのは前年(2006年)の8月。途中駅の沢辺駅から終点の細倉マインパーク駅に向かい、折り返して東北本線との連絡駅である石越駅に向かうという旅程だった。

 

くりはら田園鉄道のターミナル駅のひとつ・沢辺駅は、時代を感じさせるような古い駅舎に味わいがあるが、「みんなの足だよ栗鉄は 乗って残そう孫子のために」という看板が、廃線の決まった今となっては物悲しい。駅舎内には所狭しといろいろなポスターやチラシが張り巡らされており、雑然とした印象は否めない。

ここは有人駅で、初老の駅員が一人いた。ちょうど夏の甲子園の決勝戦(早実―駒大苫小牧、ハンカチ王子とマー君の対決)真っ盛りだったので、観戦中悪かったとは思いつつ、細倉マインパーク前駅までの切符と、記念の乗車券セットを購入した。切符は昔ながらの硬券で今ではなかなかお目にかかれない。

切符を買ったあとは列車到着までの短い時間で、あちらこちらと写真撮影をする。駅舎内には親子連れの姿もあり、どうやら父親がマニアらしく、子どもたち以上にはしゃいでいたように見えた。

 

やがて列車の到着時間が迫った。父親は駅名板をバックに子どもの写真を撮っていたが、その時に初老の駅員が帽子をかぶせてくれた。駅員は手にタブレットを持っていた。窓口で見たときにはこの人は委託の方かと思ったが、列車交換業務をこなしていたのでれっきとした職員のようである。

駅員はタブレットを運転手に渡し、列車交換の作業を無事終了。私たちと入れ代わりに、やはりマニアと思われる男性数人がこの駅で下車した。間もなく、ゆるゆると列車は出発する。
(つづく)

 

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★このエッセイは、ホームページ「旅道楽ノススメ」に掲載した鉄道乗車レポートをリメイクしたものです。

 

★マイケルオズのnote

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なつかしの鉄道乗りある記「江差線」第4話

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なつかしの鉄道乗りある記「江差線」第3話 - 旅人マイケルオズのニッポンひとり旅語り

「江差線」第4話

津軽海峡線(現北海道新幹線)に沿いながら列車は静かに木古内駅へと到着する。列車によっては、この先函館まで乗り入れるものもあるが、この列車は木古内止まりである。数少ない乗客も全員が下車する。

この車両がそのまま折り返すのではなく、函館からきた2両編成のうち、前の1両だけを切り離して江差行の単行ディーゼルとして運行される。

その間、13分の待ち合わせ時間があったので、ひとまず木古内駅を出てからトイレを済ませ、キオスクで「地域一番のごちそう」という漫画でグルメスポットを紹介するというスグレモノの小冊子を買い、江差駅までの切符を買って車内へと取って返した。

驚いたことに江差行のこの列車には各ボックスに一人もしくは一グループずつ乗客が占めていた。

見ると、ほとんどの人は大きなバッグを持っているので、旅行者もしくは旅行帰りの地元住民と見受けられる。その証拠に、途中の桂岡駅までだれ一人として降りる人はおらず、当然のことながら乗ってくる人もいなかった。

 

私は最後部のロングシートを占拠して、江差までの時を過ごす。さきほどまでとは逆ルートになるため詳細は省略するが、なんといっても吉堀-神明の時間と距離の長さを改めて実感させられた。

無人地帯も初乗車なら楽しいが、二度目となると飽きてくるものであり、疲れもあってか少しだけうたた寝もした。しょっちゅう乗っている地元住民の気持ちが多少なりとも分かった気がする。

だんだんと日が暮れて暗くなり始めていたが、初乗車でのハイライトとなった天ノ川駅をなんとかビデオクリップに収め、上ノ国-江差の海岸線もとっぷり暮れてしまった日の入りの光景として写真に撮ってみた。

そうこうしているうち、終点の江差駅に到着したときにはすっかりあたりも暗くなっていたのだった。
(この項おわり)

 

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なつかしの鉄道乗りある記「江差線」第3話

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なつかしの鉄道乗りある記「江差線」第2話 - 旅人マイケルオズのニッポンひとり旅語り

「江差線」第3話

湯ノ岱駅を出るとあっという間に無人地帯へ入っていき、山は再び深くなる。天の川はあいかわらずきれいな水をたたえながら流れている。次の神明駅まではさほどの距離は走らなかったものの、山の深さはどんどん増すばかり。

神明駅は周辺に民家数軒あるだけの極小集落で、木造の古めかしい待合室がのどかな雰囲気にマッチしていた。

さて、この神明駅と次の吉堀駅の間が江差線で最も駅間が長く、ちょうどサミットを越えていくことになる。所要時間も20分以上かけて進むのだが、距離以上に勾配のきつさがあってか、列車のスピードはガクンと落ちてしまい、そのための時間のロスといえる。

もちろん沿線は深い山の中で無人地帯。ヒグマですら、いつ姿を見せてもおかしくないようなそんな山中といえ、鉄道に乗っていなければとても来ることができない場所のオンパレードである。

途中にはトンネルがいくつかあるが、できるだけトンネルは造らないようにしようという昔の路線そのものといえる。おそらく新線を作るなら、湯ノ岱から吉堀まで長大トンネルをぶち抜いているだろう。

 

稲穂峠越えのサミットを抜けると、ようやく列車のスピードが上がり快適な運行となる。鉄道とほぼ並行して道道が走っており、時々線路に近づくこともあるが、ほとんど車の姿はない。昼間ならともかく、夜間は絶対に走りたくない道路である。

やがて、少しずつ平地が現れ始め、田んぼも見られるようになったところで、やっと吉堀駅に到着する。とはいっても、まだまだ周囲に人家はまばらな場所である。

吉堀から渡島鶴岡を経て木古内の手前くらいまでは、再びのどかな田舎の風景が車窓を流れていく。

そしてだんだんと平野部が広がりを見せ、住宅も増えていくころ、右手から堂々とした複線が近づいてくる。津軽海峡線(現北海道新幹線)だ。
(つづく)

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