noteとのコラボエッセイとして、毎月2回ペースで「なつかしの鉄道乗りある記」を連載します。このエッセイは、今は廃線となってしまった地方ローカル線や第三セクター路線の乗車体験記として綴っていきます。

なつかしの鉄道乗りある記「鹿島鉄道」第2話 - 旅人マイケルオズのニッポンひとり旅語り
「鹿島鉄道」第3話
玉造町駅で列車を待つ。先ほど同じ列車に乗ってきた中年男性もいつの間にかこの駅に戻ってきており、再び同じ列車に乗ることになった。このほかの乗客は地元の人が数人といったところ。
マニアとみられる若者数人が待合室に入ってきたが、結局列車には乗らずに写真だけ撮って帰っていった。「せめて1駅くらい乗ればいいのに」と思い、苦虫をかむ表情で見つめていた。
列車が鉾田方面からやってきた。今度は国鉄カラーの列車であり、懐かしさを感じさせた。列車に乗り込むと、例によって私は最後尾に陣取ったのであるが、この列車は運転席が車両いっぱいにとってあるため、最後尾の窓にへばりつくということができなかった。そういう車両の作りなのでしょうがない。
玉造町駅からは霞ヶ浦沿いを走り、この路線でもっとも風光明媚なところ。駅名も浜、桃浦といった水辺にちなんだものが現れる。
霞ヶ浦は日本で二番目に大きな湖だけあり、まるで海のような広がりを見せてくれる。常磐線からではほとんど霞ヶ浦を見ることができないため、鹿島鉄道が廃止されると車窓に霞ヶ浦が広がるという鉄道の旅にもピリオドが打たれることになる。
小川高校下駅を過ぎ、常陸小川駅からは列車本数の多い区間に入っていく。と同時に、高校生たちがどっと乗り込んでくるなど、乗客がかなり増えてくる。
この区間だけならひょっとして存続も可能なのではとも思わせるが、やはりトータルしての赤字はどうにもならないのであろう。近くにある百里基地の輸送運輸がなくなったことも影響しているとも聞く。
やがて列車は静かに終点の石岡駅に到着する。JRのホームの一角を借りているため、終着駅の雰囲気というより乗り換え駅という感じがする。もし、郷愁を味わうのなら、この駅から列車に乗り鉾田駅で下車するほうが情緒的である。
車窓が街中から霞ヶ浦沿い、そして内陸部へと変化に富み、鉾田駅の古い駅舎が待つというのはなかなかの列車旅といえる。ただ、それも3月末をもって83年の歴史を閉じるのであった。
(鹿島鉄道おわり)
★このエッセイは、ホームページ「旅道楽ノススメ」に掲載した鉄道乗車レポートをリメイクしたものです。
★マイケルオズのnote